B:深獄の助祭 ディーコン
「光の氾濫」以前のオンド族は、海深くの遺跡を見て、独自の信仰を発展させていたらしいぜ。今では光耀教会のように、ほとんど忘れ去られているそうだが。その信仰によれば、大蟹の「ディーコン」は、来たる日に深海に訪れる、人を超越した全能者のため、深くに棲むものたちをとりまとめる、助祭の役割があるとか。しかし奴の習性といえば、弱そうなフリをしてヨタヨタ歩き、他の水獣に襲わせてから返り討ちにするなんて、こすいもんさ。海中の甲殻類を率いる高貴な生き物には、とても見えないがな。
~ナッツ・クランの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「ええぇ…」
あたし達は思いのほかドン引きしていた。その大蟹はもうかれこれ一カ月は何も食べてませんと訴えるかのようにフラフラしていてかなり衰弱して見える。
歩くのに地面から足を持ち上げれば、お迎え間近の老人のようにその足は空中でプルプルしているし、足を突いた衝撃で一々ヨタヨタとふらついていた。もしそういう事が可能なら歩行用の杖でも渡してあげたくなるような有様だった。あたしは相方の方を向いて、お先にどうぞと促した。
「ええぇぇ…。なんか弱い者いじめしてるみたいになるやん」
相方は眉毛を八の字にして困惑した。
「仕方ないなぁ…」
あたしも眉を八の字にしながら大蟹へと近づいていった…。
昨日オンドの潮溜まりにあたし達を呼び出したのは若いオンドだった。若いと言っても人の歳にすれば20代前半くらいの歳らしいのだが、どうもオンドの見た目は判断が付けにくい。鰭の色が鮮やか、とか鱗の張りが違う、とか言われても全然ピンと来ない。とにかく、その若いオンドは必死にあたし達に助けを求めていた。
聞けば、古い信仰に厚い年配のオンド達が、その信仰に従い、彼の恋人を生贄にしようとしているらしい。これは穏やかな話ではない。
オンドは原初世界でいうなら「サハギン族」だ。サハギン族の信仰と言えばリヴァイアサンがすぐに思い浮かぶが、この第一世界にリヴァイアサンは存在しないらしく全く別の信仰をもっているらしい。
そして「光の氾濫」で南方の故郷を追われこのテンペストへと移り住んだ彼らは、海底の朽ちない遺跡を見て、独自に既存の信仰に解釈を加え「いつかこの遺跡を造った全能者はこの地に還る。オンドが住処を失い、彷徨うちにここへ辿り着いたのはこの遺跡を守れとその全能者が導いているからだ。そしてビーコンはその全能者が帰還する時に、海底深く住む者たちを取りまとめ、全能者にそれを引き継ぐための助祭である」というものに変化させてしまったらしい。
だが、いつの間にかその信仰も廃れ、今や信仰しているのは年老いたオンドばかりであり、若いオンドは誰も信じなくなっているのだそうだ。過激派ともいえるような元気な年配者が今でもこの信仰を強く押していて、それを若者にも押し付けてきているのが現状らしい。どの世界にも老害は跋扈している。
その信仰に拠れば、その助祭だと言い伝えられている大蟹ディーコンに対して、オンドは何十年かに一度の頻度で生贄を捧げなくてはならないらしいのだが、今回たまたま選ばれたのがこの若いオンドの恋人なのだそうだ。
若いオンド曰く、建物が朽ちないのは人の建築技術が優れているからであり、全能者などはそもそも存在しない。存在しないものはいつまでたっても戻ってきたりはしないのだから、大蟹ディーコンが海底の生物をまとめる必要はないし、まとめられるはずもない。またディーコンがいなくなれば、どうせまた新しい海底の助役の座を誰かが押し付けられることになるだけのことだから先回りして倒してしまっても何ら問題はないという。その意見にはあたし達も納得だった。そもそも長年放置して海藻だらけになった建物にそんなに能力の高い者が住まうとは思えない。という訳であたし達は依頼を受けてこの蟹を退治しに来たのだった。
あたしはやる気なさげに衰弱した蟹に近づき距離があと数mという位置に来た。そこで妙な違和感を覚えて何の気なしに蟹の足を見た。すると遠目には分からないくらいの細かい動きで、物凄いスピードで足踏みをしていた。あたしは反射的にバックステップをして回避行動を取った。すると今まであたしが居た辺りの空間を巨大な蟹の鋏が轟音を立てて横切っていく。さらになんとなくもう一回バックステップを踏む。今度は逆の鋏がまた轟音を立てて体スレスレを通過していった。
「こいつっ、セコイ!!」
そう言うとあたしは蟹を睨みつけた。
蟹は悔しそうに空振りした両方の爪を上に突き上げ腕を上下に動かしながら、声にならない叫び声を上げ泡を吹いた。
「こいつ、ピンピンしてるやん!」
相方が近寄ってきながら言った。蟹は反復横跳びでもするようにかなり速いスピードで左右にシャカシャカ動いていた。
「こいつ、なんかムカつくわ…」
あたしは本気モードになって背中から杖を取り構え直した。